日本フットバッグ界の大恩人。孤高の天才シュレッダー

仕事で日本に滞在していた2000年代前半、日本のフットバッガーたちに本場アメリカの技術を伝えてくれた日本フットバッグ界の恩人。

 

アメリカでは90年代からその名を知られており、過去唯一BAPに入る資格を持ちながらそれを断った天才肌のプレイヤー。また、技のニックネームの由来や、初めてメイクした人物、その時期などフットバッグについての豊富な知識を持っており、まさに生き字引的な存在。

 

国籍/アメリカ合衆国

フットバッグネーム/Ceiling fan(=扇風機)

Ken Somolinos